別府大分毎日マラソン2022レース編

スタート地点うみたまごからまず北西へ向かう
もちろん冬なので基本的には北風である

ただし、この日は特に風が強く
北北西風速8msはありそうだ
記録が残っていなくて私のガーミンは
20msと残しているがそれは流石に違うだろう

スタート場所が本当に寒く
ギリギリまで高崎山お猿さん館で留まる

カテゴリー1は昔からこのお猿館で過ごせるのだが
このお猿館に入れなくなること
つまり2時間半以内の記憶が途切れる事を古参兵は
「猿落ちする」とよぶ

去年までいたナカイさんなんでいいひんの?
ああ、あいつ猿落ちしたわ

なんてな使い方だ

さて、猿から飛び出し
晴れているのだがかなり寒い!
この時点で4℃だった

防府みたいにお腹ゆるくなったらどうしよう。。。
また2XUの中にたれたらいいか!2XUはギャザーがランパンよりもデカイので優秀である!今回はそれはなくて済んだ

スタート!
うみたまごから西に向かう
いつもは入りのお祭り騒ぎで15分台で5000m通過したりするのだが
北風が別大道路の岸壁にあたりいきなり向かい風となって出鼻をくじかれた

一番始めにやらないと行けない事は、別府タワー前の爆風を耐えるために勢いのあり自分にあってると思われる集合を選定することだ

これが一番大切で集団エネルギーを考えると20人くらいはほしい

3キロ地点で別府市内に入り始める頃には集団が見えてきた

先頭から大体第5集団くらいに位置するだろうか?

いわゆるクレイジーかろが飛びだした

それは見捨てつつ

前に頭皮マッキン金の選手が引き始めた

3分20-24という感じで悪くは無いのだが
それにつく
がある程度しんどい

折り返しまでは行ったとして苦しくなるだろう
そのまま耐えていった
別府タワーを超えて
何とかヤシの木の折り返しまでくる

折り返した瞬間
集団が大きくペースアップする

というか
この私が居た集団はそもそも少もう少し早く走りたかったのだろう
3分15ペースになったので
ここから集団が別れに別れた

俺の周りの集団は3分25で刻むようなかんじだが
どうせ追い風と思い
ずっと集団を引っ張り続ける

20キロ地点を折り返して
1時間11分20くらい
悪くはないのだが去年のびわ湖のようには仕上げていられないのかもしれない

そう感じる

そこから別大マラソンは市外戦になる

25キロから大分市内に入る

このあたりまでずっと広島のヒガシさんと一緒に走ってきた

ホットケーキが重なってバターを溶かすように
二人で前後を競った

ヒガシさんは私が初めて福岡国際に出場したときから
私の魂の根源となるレースで聖戦としての精神性の隣にいてくれた存在です

他の選手とは全く違います

簡単に言うと
「16年もこんな馬鹿な青春をやっている」

俺にとってはヒガシさんは誰よりも特別でした
何があってもこの集団では俺が先行しようとした

理由はない
意味もない

膝の故障が相次いで
何とか別大で走れるように戻した
俺が今回も走る意味はヒガシさんみたいなベテランと一緒に走れるからかもしれなかった

横に並ぶ

あえて喋ることはしない
男の闘いに言葉は無用だった

ただ脚と背中で語れば良かった

俺は20㌔からずっとヒガシさんとおしゃべりをできた

ただ一緒に走れた

ただこの景色を同じ速さで走れた

私達にはこれ以外のことは何一つ必要なかった

後半は一人で引き続けたので少ししんどくなってきて

ペースが㌔3分30を超えてしまう
30キロ以降は3分35あたりになってしまった

俺はヒガシさんを振り切った

そう思っていて
一人だけ俺を追いすがる選手がいる

が、俺ももう走れているとは言えなかった

37キロの市内に入る所でヒガシコゾノ君とオオタさんが俺を抜いてゆく

㌔3分30で刻み続けた

そういうことだった

そんな俺の後方からさらに特殊な喘ぎ声の二人組が迫った
ハセベ選手とワダさんだった

それにも相変わらずつけなかった

あああ
何がダメだったのだろう

自問自答するがよくわからなかった

もっと走りこめたかな?
いや
仕事の事考えてもいまわ無理だった

もっと壊せるものがあった

が、ぞれを俺は壊せなかった

愛するものが増えすぎた

そんな俺を41キロで55歳のタジマさんが追い抜いていった

俺のこの大会の意味を見出さないといけない

そこで大分の競技場に入る瞬間

まさにそのときにその機会が訪れた

ヒガシさんが俺を抜きに来た

競い合ってもう16年ですよ?!

こんなことを今までずっとやっている

最高のゴール相手だった

全力で
全身全霊で身体にムチを打って

ヒガシさんのラストスパートに答えた

2007年
初めて福岡国際に出たときからの腐れ縁だ

腐れなどというのには惜しい

ヒガシさんは
何があっても好きな事を曲げられない

15年後の俺だった

私は15年後もヒガシさんのように活きて一緒に走れることを祈って全身全霊で競技場を一周した

俺はヒガシさんだけじゃなくて
15年後の俺と会話したかった

俺は絶対にやり続けるしかなかった

俺の見てきた素晴らしい選手は俺だけじゃ語れねーくらい
速くなくてもすごかった

俺が見てきたもの
感じてきたもの全てを一走にかけたかった

俺はアウトコースを走ってヒガシさんとゴールした

一秒負けた

俺はヒガシさんのおかげで15年で2分強くなった

帰りサンフラワーで干してある俺のタオルを見て運送業者がいった

ああ、昨日は別府マラソンはコロナなのに開催されたんだな

別府大分毎日マラソン 2時間27分55

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