勇の虎徹

刀(武器)は使う人間によって真価を発揮します
つまり身の丈に余った装備を揃えても
宝の持ち腐れというわけです

さて
たまには燃えよ腱の贋作っぽく
歴史小説になぞらえてゆきたい

新選組の近藤勇の刀は名刀「長曽祢虎徹」の
贋作だったとして有名です

新選組血風録にも出てきますね
勇はまだ金がない状況で虎徹を20両でほしい
といって、偽物をつかませられるが、ガンガン市中で人を斬っていた
「やはり虎徹は斬れる!」

が、ある日斎藤一に目利きをしてもらうと
「はっきり言いますぜ。これは贋作だ」
なんだと?!
「聞こえなかったなら何度でも言いますが、これは贋作で清磨作で虎徹とは全く違うものだ」

それでもバンバン人を斬っている。
この後、本物の鴻池虎徹を入手するがどうもうまく使えない。

近藤が言うには、斉藤が清麿と言った刀は骨に吸い込む様に切れたが、この刀は切れない。ゆえに清麿こそ虎徹で、この刀は偽物であるという。

近藤にすれば、彼の虎徹は既に京都の浮浪の間で知られ始めている。その宝剣が今さら切れないとあっては困るのである。だからこそ、清麿こそ虎徹であるという奇論を展開しているらしい。

斉藤はもう一度虎徹を見せてもらい、天眼鏡を取り寄せて子細に調べてみた。すると、小さな刃こぼれが無数に見つかった。

斉藤が、どうやら鎖を着た相手を斬られた様だと指摘すると、近藤はみるみる不機嫌になり、本来の虎徹ならば、鎖ごと切れるはずだと言い切った。

その後、近藤は日陰町虎徹と鴻池虎徹を交互に使った。しかし、なぜか鴻池虎徹を持っていると事故が多い。

近藤は土方に、やはり鴻池のは虎徹ではないと言った。土方は微笑で答えた。

これが近藤の思考法であった。虎徹が信仰であり、通常なら清麿の方が虎徹より切れるというところを、何が何でも切れる方を虎徹にしてしまわなければならないのである。

近藤の時勢眼もこれであった。徳川が信仰であり、その価値観を損なう者は容赦なく切り捨てる。

「斬れる!これがやはり虎徹なのだ」
土方は
「斎藤君。この刀は有名な新選組局長の刀で虎徹に違いないのだ。斬れることが」

偽物だろうが贋作だろうが
要は武器・アイテムは持ち手に合うことが重要なのです

さて、なんでこんな話をしたか。

最近、あるナイキの厚底シューズにはまっています。

ズームグラビティーのレディースである

簡単にいうと超廉価版ヴェイパーフライ
上も安いが、アウトレットに行くと3000円台とかで買えることがある
これが私の足にはジャストフィットしまくっていて
昨年はびわ湖に出るまでの3か月間を履き倒しましたが、
ホンマにかるくて、スピードもでて、軽く反発もつくので実にスピードが乗ります
3~4000円の靴ですが実に名作だと思います
3足買っちゃいまして、年内はこれでジョグとPRはやることにしてます

結局、自分に合うことが何よりも一番良いと思いますね
ヴェイパー禁止だとか
ドラゴンフライトか
アルファフライトかありますが
私はフュエルセル狙ってましたがどうもレースがないので買う気がしなくて
結局、贋作虎徹でも買うような気持ちでグラビティーをたくさん買っちゃいました

ブームには一喜一憂せず
道具には簡単には頼らず
日々、向上心だけを頼りに肉体研磨して福岡国際に臨みたい!
あると信じたい!!

8月11日の練習
20キロジョグ

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